ラヴェルの「なき王女のためのパヴァーヌ」をめぐるおはなし その1

こんにちは。水音です。今日はクラシックの話です。

クラシックとジャズは聖と俗や高尚と低俗の如く正反対のものと思われがちですが、意外にも共通点があり、クラシックをジャズにアレンジした曲も多く、ラヴェルの「なき王女のためのパヴァーヌ」もその1つです。

フランスの印象派の作曲家モーリス・ラヴェル(1875〜1937)によって作曲されたこの美しい曲のフランス語の原題は ”Pavane pour une infante défunte”。 Infanteは幼児を意味するラテン語のinfansから派生した語で、スペインにおける王子や王女の事です。直訳すると「死んだ(défunte)スペインの王女(infante)のためのパヴァーヌ舞曲(Pavane) 」となります。

美しくも哀調を帯びたメロディーが「幼い王女の死」という言葉のイメージをより引き立てていますが、funteとfanteで韻を踏む言葉遊びになっており、作曲者ラヴェル本人がこの題名について「亡くなった王女の葬送の哀歌」ではなく、「昔、スペインの宮廷で小さな王女が踊ったようなパヴァーヌ」だと語っています。つまり「いにしえの(今はなき)幼き王女に捧げるパヴァーヌ」という事になります。

この王女はスペイン王フェリペ4世の娘で21歳の若さで夭折したマルガリータテレサ・デ・エスパーニャ(1651~1673)であり、当時の宮廷画家ベラスケスが描いた彼女の幼少期の肖像画ラヴェルが見てインスピレーションを得たという説があります。

ベラスケスの「ラス・メニーナス」 中央の少女がマルガリータ王女

この曲は最初1899年にピアノ曲として作られ、1910年にラヴェル自身によって管弦楽に編曲され、多くの名だたるピアニストやオーケストラによる演奏がレコード化やCD化されています。

それだけでなく、多くのジャズメンにも愛され、名演も多くあります。Apple Musicなどの音楽配信で手に入れやすいものをいくつか取り上げてみます。ジャズはアドリブが命ですからそれぞれ個性が出て、とても興味深い演奏になっています。

鼬の夜市にあるのは

・デオダート (1973年 アルバム『デオダート2』収録)

バックのストリングスのせいかクラシック感が強く所謂ジャズらしさは感じませんが、細部にしっかりジャズの隠し味を感じ、クロスオーバーの醍醐味を味わえます。

https://www.youtube.com/watch?v=7_1EYiTgN_A

・The L.A.4  (1976年 アルバム『なき王女のためのパヴァーヌ』収録)

出だしはキラキラ輝いた音で始まるのですが、肝心のアルメイダのギターソロがちょっと冗長で退屈かな?

https://www.youtube.com/watch?v=VDMnKEyCyeM

ジム・ホールアート・ファーマー (1978年 アルバム『ビッグブルース』収録)

マイク・マイニエリのヴィブラフォンは美しく、アート・ファーマーの溜め気味の優しい音色のフリューゲルホーンが心に染みます。後半は軽やかに転調し、ご機嫌なリズムを刻みます。それはまるで愛らしく舞う王女のステップの様です。

https://www.youtube.com/watch?v=P587X67zeeU&t=2s(23分過ぎから)

・スティーブ・キューン・トリオ (2005年 アルバム『なき王女のためのパヴァーヌ』収録)

こちらもクラシックぽい演奏で始まりますが、後半から軽やかにスイングし、哀感というよりジャズクラブでグラスを傾けながら聴きたい一曲です。

https://www.youtube.com/watch?v=qm5sF4DSWQE

LA4 デオダート ジムホールとアートファーマー スティーブ・キューン

他にもヨーロピアン・ジャズトリオなど多くのジャズミュージシャンに愛された「なき王女のためのパヴァーヌ」ですが、幻の演奏があります。それはスウィングルシンガースというフランスのアカペラコーラスグループによるものです。

スウィングルシンガースはアメリカ人のワード・スウィングル(Ward Swingle 1927~2015)が1962年にパリで結成し、彼を含めソプラノ、アルト、テノール、バスが各2名ずつの8人のグループ。リード・ソプラノはミシェル・ルグラン姉のクリスチャンヌ・ルグラン(Christiane Legrand 1930~2011)で、クラシックの名曲をダバダバと歌い、バッハの作品を歌ったり、MJQと共演したり(アルバム『ヴァンドーム広場』)と当時は世界的にも人気のあるグループでした。(1973年にオリジナルメンバーは脱退し、違うメンバーですが今でもグループはイギリスで活動しています。)

http://www.wardswingle.com/

パヴァーヌ」は1967年発売のレコード『スペインの印象』に入れる予定だったそうですが、レコードはロドリーゴの「アランフェス」に差し替えられて発売されました。

なぜ、パヴァーヌがお蔵入りとなったかというと、当時、著作権の所有者によってスウィングルシンガースによるレコード化が反対されたのだそうです。

1937年に62歳で亡くなったラヴェルは生涯独身を通し、また遺族である弟エドゥアールドには子供がおらず、1967年当時、著作権は弟の運転手が引き継いだそうです。(現在、著作権は通常、没後70年で著作権有効期間が失効。)

ですがライブでは歌われていて、その音源がネットに上がっていました。

https://danslombredesstudios.blogspot.com/2014/09/unreleased-recording-pavane-for-dead.html

ジャズのアレンジはあるものの、ラヴェルの世界観を壊す事なく、とても美しいコーラスで、室内楽を聴いているかの様です。(余談ですが、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」には第2組曲の全員の踊りに歌詞のない合唱があります。)

 

お好きなアレンジはありましたか?